ロンドン消息 2021

ロンドンで1年間暮らします

黄色いラッパスイセン

4月15日木曜日。日中は日差しがあったものの、午後からさらさらと雹が降ってきた。まだまだ寒く、外に出る時はダウンコートが必要な気温である。しかし、街の風景は春まっさかり。モクレンの花もそろそろ終わりで、ちらほらと八重桜が開き始めている。そして、足元を見ると、至る所に黄色いラッパスイセンの花が咲いている。街路樹の下や道の端、住宅の門の横などに、群生していたり、あるいは数輪そっと咲いていたりする。特に丁寧に手入れをされているという感じでもなく、自然に伸びて咲いたという風情である。遠くからでも花の黄色が目立つ。

 

ラッパスイセンウェールズの国花(そして、ネギのleekも!)ということなので、愛されている花なのだろう。とにかく大量に栽培されていて、切り花としても日常的である。近所のスーパーの棚に、まるでニラかネギの束のように、輪ゴムで留められたツボミのラッパスイセンが積まれている。「british daffodils」とある。ラッピングもされていない単なる緑の束なので、花だとは気づきにくい。一束1ポンド。マッシュルーム一パックより少し安い。野菜と一緒にカートに入れてレジで精算できる。

 

ガラスのコップに入れて窓辺に置く。下がヒーターなので、じわじわ温まって、細く尖っていたツボミが次第に大きくなって黄色が見えてきた。ツボミが膨らんでいくと首から斜めに傾いて開花した。香は殆どない。小型のラッパスイセンだった。

 

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ラッパスイセンの花が開き始めた

 

トラファルガー広場

4月14日、水曜日。廊下の非常ドアを取り換える工事の日だった。騒音が激しくなったので部屋を出て、地下鉄に乗ってチャリング・クロス駅に向かい、駅から歩いてトラファルガー広場に行ってみた。

 

トラファルガー広場は、トラファルガーの海戦を記念した広場であり、大きな四頭のライオンに囲まれて上空高くにネルソン提督の像が聳えている。ネルソン提督は、ナポリ在住の外交官ウイリアム・ダグラス・ハミルトンと、その妻エマとの三角関係に陥った。ネルソン提督は社交界の寵児として迎え入れられたものの、実際には闘いにより隻腕隻眼となって身体的に不自由な状況だった。そんなネルソンの身の回りの世話をしていたエマは、次第に関係を深めていったという。色々と興味深い問題があるが、まずはトラファルガー広場のネルソン総督像がどのような姿だったかを見に行った。上空に聳えるネルソン提督を眺めると、左手に剣を持っていた。ぐるっと回って右腕を下から見上げると、衣服越しに肘下から無くなっているように造形されていた。負傷しても凛々しく立つ像である。

 

向かいのナショナルギャラリーは現在閉館中。次回のロックダウン緩和予定日である5月17日に再開となるのだろうか。ナショナルギャラリーは閉まっているものの結構な人手があり、ライオンの横に座る人、思い思いの場所で自撮りする人など、皆、トラファルガー広場を楽しんでいた。

 

そのままオックスフォード・サーカスに進む。オックスフォード・サーカスは二つの大通りが交わる交差点で、渋谷のスクランブル交差点の規模を大きくしたようなショッピング街である。交差点に向かっていくと、紙袋を持った若者たちが大勢やって来る。ZARA、H&Mが目立つが、時々、無印やユニクロの袋を持っている人も通る。しかし、なかでも一番多かったのが「primark」の袋だった。「primark」の袋を持った若い女の子たちのグループがどんどんやって来る。そして、「primark」の大きな店舗を発見。入店する若者たちの列が出来ていた。

 

帰ってからPrimark uk のサイトを見た。若者たちに人気のファーストファッションブランドだった。日本のGUのような感じだろうか。

ジュディス・カー

4月13日、火曜日。フィンチリーロード駅近くのショッピングモール地下に大きなスーパーマーケットの「Sainsbury’s」がある。食料品だけでなく日用品も手に入るので、時々買い物に出かけている。その「Sainsbury’s」に降りるエスカレーターの横に大きめの書店があるが、ずっと閉まっていた。ガラス越しに店内を見ると、子供向きの本や絵本のコーナーが広くて、本と一緒にぬいぐるみやパズルやおもちゃも並んでいた。12日から色々な店舗が開いたので、その書店を見に行った。

 

カズオ・イシグロの小説と、オバマ&ミシェル・オバマの回想録は分かりやすく平積みされている。ミステリーのコーナーには、なんと横溝正史『本陣殺人事件』の翻訳書があった。「戯曲と文芸批評」というカテゴリーの棚には、シェイクスピア関係の本が並んでいた。

 

子供の棚に進む。『ナルニア国物語』の大型本があった。一ページが二段組みで、一冊に『ナルニア』全巻が収録されている。イラストもオールカラーで美しい。しかし、本としてあまりに大きく、重い。隣にハリーポッターの大型本もある。

 

絵本のコーナーでは三つの棚が目立っていた。まずピーターラビット、次にムーミン。絵本や関連書と一緒にキャラクターグッズが置かれている。そして、それらの棚の間にジュディス・カー(Judith Kerr)の棚がある。『The Tiger Who Came to Tea』(『おちゃのじかんにきたとら』)の絵本だけで何種類もあった。幼児のために絵本の角が丸くなっているものや、テープが付いていてベビーカーに取り付けられるものもある。トラのぬいぐるみや食器もある。イギリスでは、赤ちゃんからジュディス・カーの作品に親しんでいるらしい。ジュディス・カーはベアトリックス・ポターと並んで英国を代表する絵本作家であり、その作品は今も愛され続けていた。

 

子供の読み物のコーナーにもジュディス・カーの作品が目立つ場所に置かれていた。『When Hitler Stole Pink Rabbit』である。この作品には、ベルリン生まれでナチスドイツを逃れて英国に渡ったジュディス・カー自身の体験が反映されているとのこと。日本でも1980年に『ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ』として翻訳書が出版されたが、現在は絶版になっているようである。少女の物語を撮らせたら、今、右に出る者なしのカロリーヌ・リンク監督によって2019年に映画公開され、日本でも『ヒトラーに盗られたうさぎ』というタイトルで2020年12月に公開となった。コロナ騒動に追われ見逃してしまった。

 

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住宅街に咲く桜。アザレアのような濃いピンクの花が珍しい。

 

 

カムデン・タウンふたたび

4月12日月曜日。今日はロックダウンが緩和される日である。「不要不急」の小売店が開き、パブやレストランは屋外での営業が可能になる。午前中から、近所の店舗も開いていた。ショーウィンドウに飾られた本を眺めるだけだった書店が開店し、どんどん人が入っていた。カズオ・イシグロの新刊書「Klara and the Sun」が目立つところに置かれている。テイクアウトのみだった食堂も、道に面したスペースにテーブルと椅子を並べていた。

 

朝には小雪が舞う寒さだったが、昼頃には日差しが出て来たので、午後3時過ぎにカムデン・タウンに散歩に出かけた。昨日までシャッターが下ろされていた店舗が開いている。T-シャツやスニーカー、バッジの店に並んで、ゴス・ファッション、インド雑貨、マンガの店がある。カムデン・タウンはロンドンのサブカルチャーの発信地である。日本の原宿に似ている。今日は、若者たちのグループがひしめき合って集まっていた。冬の間ずっと眠っていた街が、今日、覚醒したのだった。

 

水門の所に行ってみると、美しく彩色されたナローボートが停泊していた。舟の中はちょっとしたカフェになっているらしく、乗客の姿も見えた。水門には、中学生くらいの3人と、引率の先生とおぼしき人が立っていた。どうやら、体験学習のようで彼らが水門を開けるらしい。水門は手動で、まず、片方の門を押し開けて水を放流しボートの水位を下げる。充分に水位が下がった所で、力いっぱい反対側の門を空けると、ボートは運河へと出発した。カムデン・タウンがよみがえった日は、水門が開かれた日でもあった。

 

帰りに、カムデンの「Poppie’s fish and chip’s」に寄り、フィッシュアンドチップスをテイクアウトした。魚は「Cod」(タラ)、「Haddock」(コダラ)、「Plaice」(カレイ)の三種類がある。「Plaice」をオーダーした。帰ってから箱を開けてみると、大きなヒラメの姿が出て来た。上品な白身魚フリットだった。

プリムローズ・ヒルからリージェンツ・パークへ

4月11日、日曜日。午前中、天気が回復したので、プリムローズ・ヒルからリージェンツ・パークへと散歩。プリムローズ・ヒルは名前の通り小高い丘の公園で、丘の一番高い所からロンドンの中心街が見通せる。芝生の地平線の向こうに、高層ビルと一緒にテムズ河近くの巨大観覧車(ロンドン・アイ)も見えた。ビートルズの曲「フール・オン・ザ・ヒル」で歌われる丘はプリムローズ・ヒルのことらしい。

 

道を渡ってリージェンツ・パークへ。広大な敷地の公園で、敷地内にロンドン動物園がある。隙間から動物園の中を覗いたらペンギンの姿が見えた。動物園は明日から再開するとのこと。

 

公園内には、リージェンツ運河が流れている。運河の横は遊歩道になっていて、散歩やジョギングする人々で賑わっている。運河には細長いナローボートが停泊して、船尾で日向ぼっこしながらお茶を飲んでいる人もいた。シャムネコが隣に座っている。どこかに向かって出発するボートもあった。運河沿いには家が建っており、庭伝いにボートの船着き場に行くことができるようになっていた。

 

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リージェンツ運河に浮かぶナローボート

 

リージェンツ運河沿いを歩いて、カムデンタウンへ。産業革命時に物流を担ったのがナローボートだった。カムデンタウンには水門(ロック)があり、運河の埠頭だった。その場所はカムデンロックという。埠頭の横には、ボートを引くための馬の厩舎があり、今、その場所はレンガ造りの厩舎の跡を留めながらマーケットになって、ピザやハンバーガーのスタンドが開いていた。日曜日のためか、マーケットはかなりにぎわっていた。

 

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カムデンロック(水門)

 

 

セルリアック

4月10日土曜日。寒い曇りの日で時々小雨が降る。前日の午後にフィリップ殿下の訃報が報じられ、それ以来、BBCニュースはずっと関連ニュースを流し続けている。10日には、早くもチャールズ皇太子のインタヴューが繰り返し流れていた。質問に答えるというより、率直に思いを語るという形式である。皇室の報道が日本とは様子が違っているようだ。

 

天候が良くなかったので散歩はせず、冷蔵庫の中にあるもので料理をする。セルリアックである。日本では見たことのない姿がスーパーの棚に並んでいるのを見つけて購入。キャベツサイズの、ボール型の球根の形状をしている。日本語では根セロリというらしい。セロリの変種であるが根を食べる野菜で、球根部分が根になる。切ってみるとそれほど固くはなく、大根より少し固いくらいだろうか。大きいので食べ応えがある。

生でも食べられるということだが、セルリアックのポタージュスープが有名らしいので、スープにしてみる。バターでイギリスの太ネギ(リーキ)を炒め、細かく切ったジャガイモ一緒にセルリアックを入れて煮込む。ブレンダーないので煮崩れるようにしてスープにする。ちょっとほっこりしたセロリの味。

 

まだ半分残っている。ズッキーニと一緒に大きめ角切りにして炒め蒸しにしたら、さらにセルリアックの味が引き立った。セロリにウドの白い部分を加えたような香りと味である。でんぷん質が入っているため、食感もパッキというよりホクっという感じ。油で炒めてみりんと醤油で味を付けたら、ウドのきんぴらに限りなく近付く気がする。

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セルリアック

 

フィンチリー・ロード駅近くで買い物

4月9日金曜日。週末に雨が降るという予報なので、その前に大きなスーパーに行ってみることにした。調味料を手に入れたい。

 

近所のスーパーで野菜や肉・魚などの生鮮食品は手に入るが、問題は味付けである。塩コショウ、ハーブ、オリーブオイルとビネガー以外の何かが欲しい。焼肉のタレがあるわけもない。英国料理の味付けには何があるのだろうか。

 

フィンチリーロード駅近くには、「Sainsbury’s」と「Waitrose」という大きなスーパーマーケットが二件ある。「Waitrose」はウェブサイトも充実していてレシピ情報がアップされている。ラムのローストのレシピを見つけた。ヨーグルトに塩とトマトピューレーと「ras el hanout」を入れて混ぜたタレを作り、肉を漬け込むという。「Waitrose」に「ras el hanout」を買いにいくことにする。

 

「Waitrose」はバス停の前にあった。入口のドアを開けると、高級感のある店内が広がる。目立つ場所に日本関係のコーナーがあった。調味料やお寿司などの日本食のパックが並べられている。店内を進むと肉と魚売り場がある。陳列されたものをその場で必要なだけ注文できるコーナーもあった。魚売り場には長い列ができているが、肉の方は誰もいない。陳列棚には迫力ある大きな肉の塊が並ぶ。表面がカビでコーティングされた熟成肉の塊がつるされた熟成庫もある。

 

スパイスの棚に行く。カレー粉やマサラの種類が充実している。「ras el hanout」を見つけた。一緒に「punjab masala」もカゴに入れる。英国の家庭で日常的に使われているという「HP Brown Sauce」のボトルを見つけたので、一緒に購入。コンソメキューブも見る。チキンやビーフコンソメキューブの横に「Umami」という名前の野菜コンソメを発見。「Umami」を買ってみる。

 

隣の「Sainsbury’s」に移る。駐車場に隣接した巨大スーパーである。広くて棚が見やすい。こちらの方は「Waitrose」よりも庶民的な価格設定らしい。トマトケチャップを見ると2種類あった。値段が三倍も違ったので、どちらにするか悩んだ。プライベートブランドの方はかなり安い。あまりに安いので不安になり、結局、もう一方を選ぶ。近くに瓶詰のハリッサがあったので、一緒に購入。

 

「ras el hanout」とハリッサは北アフリカの調味料である。イギリスのスーパーでは、インドや北アフリカのスパイスが並んでいた。アメリカ合衆国クレオール料理に使うケイジャンのスパイスもある。複雑な世界の歴史を感じる。

 

帰りに「natural natural」に立ち寄る。ロンドン在住の日本人に「なちゅなちゅ」と呼ばれて親しまれているという日本食材の小売店である。扉の前によく見知っている白菜やみかんが並ぶ。扉を開けて「Hello」と店内に入ると「いらっしゃいませ」と挨拶された。店内は日本だった。醤油とめんつゆのボトルに、みりんも購入。これさえあれば、である。

 

帰って来るとお昼だった。目玉焼きを作り、さっそく「HP Brown Sauce」をかけてみる。まったりとしてひろがる、ぼんやりとした味。ブルドックソースのガツンとスパイシーな味の凝縮度に比べると、味に中心がない滑らかなブラウンソースである。しかし、日本のソースとの繋がりもほのかに感じられる。日本のソースの原点なのであった。