ロンドン消息 2021

ロンドンで1年間暮らします

ラムレッグ

4月22日、木曜日、晴れ。10度を超えて春らしい陽気である。天気が良いのでスーパーマーケットを回る。日本と明らかに違うのは、なんといっても肉の売り場である。鶏・豚・牛・羊の棚があり、いずれも一パックに1キログラム近く入っていて、値段も割安である。骨付きの肉の種類も色々ある。1パックに大きな骨付きの鶏モモが3本入っている。日本では骨付きの鳥モモ焼きがクリスマスに一本単位で売られているが、ロンドンのスーパーマーケットでは日常使いで一度に3本である。そして安い。逆に、薄切り肉の肉はベーコンやハムしかない。ひき肉も1キロ位からのようである。野菜炒めに肉を入れるのではなく、肉に野菜を添えるという世界観である。

 

現在、キッチンには、電熱性のコンロとコンベクションオーブンが備わっている。そのため、オーブンで肉を焼くというのが簡単なやり方の一つになる。しかし、大きな肉の塊を焼くのにかなり時間がかかるので、蒸し焼きにしてみようと思い立つ。近所の「Sainsbury」の大型店には日用雑貨の棚があるので、探してみるとオーブンに入れても大丈夫な鋳物の鍋があった。ル・クルーゼの鍋に似ているが値段がはるかに安い。35ポンドである。スーパーの棚に鋳物の鍋が置かれていることに肉料理の扉の開かれを感じる。塊肉に挑戦である。

 

羊の棚を目指す。スーパーでは、ラムチョップだけではなく、様々な部位が売られていて、特に骨付きの足がパックされて売られているのが目立っている。鶏モモよりは値段が高いが、量もはるかに多い。ラムレッグは英国らしい食べ物の一つのようである。

 

小さめのパックを手に入れる。とはいえ、一パックに2本のレッグが入っていて、1キログラムの重さである。まず、フライパンでレッグをこんがり焼いてから、香味野菜をいためた鍋に入れて蒸し焼きにして、最後は肉だけオーブンに入れ、鍋の中身はブラウンソースにした。出来上がりは、予想したよりも油でギトギトにはならずに、すっきりとした味わいだった。

パースニップ

4月21日、水曜日。曇りである。日が指さないので外気が冷たい。近所のスーパーに買い物に出かける。野菜売り場では、日本ではあまり見かけない根菜が多い。ニンジンの売り場では、赤いニンジンと一緒に真っ白なニンジンが売られている。赤白とり混ぜてパックになっている袋もある。白いニンジンはパースニップという名前である。

 

パースニップはローストすると良いということなので、まずは薄切りにして焼いてみた。ニンジンとは全く異なる驚くべき味である。ぐにゃっとした歯ごたえ。強い香りと甘さに加えて、かすかに薬のような一癖ある清涼感が残る。朝鮮人参をマイルドにしたような味わいだった。強い味の根菜に完全に敗北した。もはや食べられません。

 

困ったので、ローストしたパースニップをスープの具材にしてみる。バターで炒めたタマネギとジャガイモと一緒に煮込むと、パースニップの存在感がマイルドになった。スープを食べると体が温まる。ニンジンを超える薬効成分を感じる。日々食べていると癖になる根菜のようである。

 

スーパーでは、ポテトチップスに並んでベジタブルチップスの袋が並んでいる。袋の中にはパースニップのチップスも入っている。そういえば、『ドリトル先生』シリーズの登場人物(?)のブタのガブガブは、パースニッップが大好物である。井伏鱒二は「オランダボウフウ」と翻訳していたが、英国の日常的な根菜なのだった。

プリムローズ・ヒル

4月20日、火曜日。ますます春めいている。日中、気温は10度を超え、外を歩くのにダウンジャケットを着なくてもよい気候になった。散歩を兼ねて、プリムローズ・ヒルまで歩いてパンを買いに行こうと思い立つ。

 

プリムローズ・ヒルは、ロンドンの地下鉄ノーザンラインのカムデン・タウン駅を登って行き、運河を超えた小高い場所にある。カムデン・タウン駅の隣のチョーク・ファーム駅が最寄りの駅である。運河の水門のあるカムデン・タウン駅周辺はパンクロックとサブカルが熱い若者の街であり、水門の横にあるかつての馬の厩舎跡地がマーケットになって、テイクアウト専用の食べ物のスタンドや、パンクなT-シャツ、アクセサリー、バッジなどを売る屋台が並んで、いつでも賑わっている。歌手のエイミー・ワインハウスが住んでいたというのが納得の下町である。プリムローズ・ヒルは、カムデン・タウンの隣ではあるものの、全く雰囲気が異なる。運河を渡って小高い丘にあるため、こちらは山の手となる。見晴らしの良いプリムローズ・ヒル公園の先が、映画スターのジュート・ロウも住むという人気の住宅地になる。公園を抜けると、通りが商店街になっていて、小さな店舗が並んでいるのが見える。

 

立ち並ぶテラスドハウスを通って、地図にある「プリムローズ・ヒル ベーカリー」を訪ねた。てっきりパン屋さんだと思っていたら、全く予想外の店だった。パンではなく、デコレーションされた小さなパステルカラーのカップケーキがケースに並んでいる。ピンク色の店内はファンシーな趣味に満ちていて、シルバニアファミリーの世界につながる可愛らしさだった。あるいはサンリオかソフィア・コッポラの世界のようなガーリッシュさである。パンどころではなかった。このファンシー趣味もロンドンカルチャーなのだろうか。

 

パンが買えなかったので、商店が並んでいた通りの方に戻っていく。すると突然、ショーウィンドウのガラスに日本語がペイントされている店舗が目に入った。「プリヒル姉さんの句」という日本語がすらすらと読める。ショーウィンドウの上の方に、ヤマサ醤油の箱が積まれているのが見える。店の看板に「FISHMONGER」とあるが、日本食材の店だろうか。店の外にお客さんが並んでいた。人気店のようである。

 

プリムローズ・ヒルの商店街には、デリカテッセンやレストラン、ブティックなど、こぢんまりとしておしゃれな商店が並んでいた。チョーク・ファーム駅の方からプリムローズ・ヒルを振り返ると、テラスドハウスが淡いパステルカラーに塗り分けられているのに気付いた。このエリアには、そこはかとなくファンシー趣味が通底しているようである。

 

その後、調べてみたところ、「プリヒル姉さん」とは長らく魚屋さんで働いているロンドン在住の日本人の方だと分かった。「FISHMONGER」は鮮魚店であった。フランス人の店主さんのお店であるが、土曜日には「姉さん」の作ったお刺身盛り合わせも買えるらしい。

 

f:id:tomokouu:20210422151932j:plain

プリムローズ・ヒルのテラスドハウス。ほんのりパルテルカラーに塗り分けられている。

 

八重桜

4月19日、月曜日。今日も晴天である。モクレンの季節は終わって、八重桜が満開に近づいてきた。

 

f:id:tomokouu:20210421145356j:plain

パーパスビルドフラット(マンション)に咲く八重桜

 

この辺りの住宅は、通りに面して前庭と入口があり、建物の奥に庭があるという作りになっている。通りから奥の庭は見えないが、かなり奥行がある様子。前庭にもガーデニングが施されていて、色々な植物が寄せ植えされている。桜やモクレン、八重桜など大きなシンボルツリーを前庭に植えている家も多い。住宅街には、何軒も横につながっている「テラスドハウス」や、一軒を左右に分けて二世帯にした「セミデタッチドハウス」が並ぶ。縦割りの住宅だと思いきや、扉にはいくつもベルが付いていたりして、建物の内部はさらに複数に区切られているようだ。「コンバージョンフラット」と言うらしい。外から見る限りでは、内部がどのように分けられているか想像がつかない。一戸建てという概念とは全く住宅様式である。

 

住宅については個人所有という概念も日本とは異なっていて、所有者が勝手に植木を切ったり建物のデザインを変えたりすることはできないらしい。その結果、昔ながらの広々とした敷地と庭、大きな植木が残り、全体として調和の取れた住宅地の景観が保たれることになる。しかし、逆に言うと、所収者が自分の住宅を思う通りのデザインにすることが難しいため、自分自身で手を入れることの可能な箇所を楽しむことになる。それが、インテリアやガーデニングのようである。前庭は、芝生だったり石が敷かれていたり、鉢植えが並んだりと住人の好みで様々に飾られていて、通る人の目を楽しませている。

 

f:id:tomokouu:20210421145547j:plain

とあるお宅の前庭にはパンダの飾り付けが

 

Wac Arts

4月18日、日曜日。爽やかな快晴である。窓から中庭を見ると、シートを敷いてピクニックをしている家族の姿がある。午後、カムデンの方へ散歩に出た。カムデン・タウンに行く途中の道に、向かい合ってパブとタバーンがある。どちらも「居酒屋」である。パブの方は店内が広そうで、外にも少し座席のスペースがあるが、現在お休み中。「常連さんへ 5月17日から開店するので予約をよろしくお願いします」という張り紙がある。タバーンの方は、道に面してテーブル席を4つ程度作っている。すべて満席だった。店の前で、知り合いのお客さん同士が、握手をしたりハグをする光景が繰り広げられていた。

 

さらにカムデン・マーケットまで足を延ばすと、マーケットは若者たちでごった返していた。数日前に行った時よりも、さらに店舗が開いていて、ゴスやパンクファッションの店が増えている。日曜日ということもあり、かなりの混雑である。そして、殆どの人がマスクなしで、スタンドから思い思いの食べ物を買ってきて、マーケットの広場で飲んだり食べたりしている。道ではパンク姿でエレキギターを持った人が、道行く家族連れにパフォーマンスを繰り広げている。マイケル・ジャクソンの「ビリージーン」を大音力でかけているオープンカーがやって来て、運転主は大声で歌いながら道行く人に挨拶している。運河の橋の上には、「俺を酔っぱらわせるために支援してくれ」というメッセージが書かれた段ボールの切れ端を掲げ持っているパンク姿のロッカーもいた。橋の近くのパブはまだ閉まっていたものの、街の外では「新しい生活様式」以前の世界がほぼ蘇っていて壮観である(ただし、店内はマスク着用が義務付けられている)。

 

もとの道を戻る。坂を登っていくと静かな住宅街になる。街路樹の上の方から「tit」(カラ類)のさえずりが響いてくる。近所の「Wac Arts」という建物までやって来た。「Wac Arts」はハムテッド旧市庁舎で、現在は地域の芸術運動を支援するための施設となった。子どものためのダンススクールやアートスクール、貸しスタジオもあり、アートイベントもできる場所である。1878年に建設され、ビクトリア朝時代の建築スタイルであるが、エドワード朝時代に建て増しされて今日に至るという。ロックダウン中は正面の扉がずっと閉ざされていたが、先週から扉が開き、ビクトリア朝スタイルの特徴あるホールの階段がちらっと見えるようになった。そして、「Wac Arts」の建物横の屋外スペースにビアガーデンが出来ていた。気温が暖かったので入ってみる。入口でマスクと手の消毒が求めらた。スマートフォンでNHSの登録用のバーコードをチェックして、中に入る。広々として混みあっていない。IPAを注文した。ロンドン入りしてから始めて部屋を出て、飲食店に入った日となった。

 

f:id:tomokouu:20210420151943j:plain

WAC ARTS 

 

プリムローズ・ヒル マーケット

4月17日、土曜日。毎週土曜日にプリムローズ・ヒルで市場が立つということで、行ってみた。住宅街を抜けてプリムローズ・ヒル公園の方に向かう。昼の気温は10度を超えて、寒さが少し和らいで、ダウンジャケットを脱いで歩いた。すれ違う人の中に、半そでのT-シャツ姿もちらほら見える。

 

プリムローズ・ヒル公園の方に近づいていくと、茎が赤いフキのようなルバーブの束を持っている人とすれ違った。マーケットが近いらしい。公園の入り口まで進むと、公園横のスペースにカラフルなテントが並んでいる。入ってみると、そこがマーケットだった。入口近くに八百屋さんが出店している。立派で新鮮な野菜が並ぶ。太くて見事なアスパラガスの大きな束が5ポンド、立派な花が咲きそうなラッパスイセンのつぼみの束が2ポンド。スーパーマーケットより値段が高いが、品物は大変上等である。そのほか、ソーセージやハムの店、魚屋さん、パン屋さん、乳製品の店、ナッツの店、クラフトビールの店など、色々な店が並ぶ。塩こうじのパックとキューピーマヨネーズを並べた日本食材の店もあった。

 

しばらくマーケットを偵察して、最後に八百屋さんの隣の店で買い物をした。オイル付けのオリーブを並べた店である。オリーブの種類も様々あり、オリーブを漬け込んでいるオイルも色々ある。オリーブの他には、マッシュルームのオイル漬け、ドライトマトのオイル漬け、フレッシュチーズのオイル漬けなど、沢山の種類が並んでいる。イタリアンパセリのオイルに付け込んだグリーンのオリーブと一緒にマッシュルームを注文すると、一つのパックに二種類を詰めてくれた。1パック5ポンド。少し贅沢である。

 

お店の人に袋はいる?と聞かれたので大丈夫と答えたところ、「just in case」とパックを紙袋に入れてくれた。油っぽいから万一のために、という意味だった。「just in case」は、BBCで放映されているピーターラビットのアニメに出てくるウサギのリリーの口癖である。実際に使われているのを聞くことができた。

 

オリーブとマッシュルームのオイル漬けは、柔らかくジューシーで、大変豊かな風味だった。週末のマーケットでは、いつもよりちょっと美味しいものを手に入れることができる。

 

f:id:tomokouu:20210419152854j:plain

プリムローズ・ヒル公園からマーケットを見る

 

Gender Swapped

4月16日金曜日。今日は日差しも出て、ここの所の寒さが多少緩んだ。夕方、買い物に出かけると、近所に小さなビアガーデンが出来ていた。ギリシア風サラダも出るらしい。平日は夕方から、金・土・日はお昼から、夜の11:30まで営業中だという。まだかなり寒いが、既にお客さんが入っていた。飲食店は5月半ばまで店内の営業が認められていないので、屋外に座席のスペースがあれば積極的に使っていくようである。

 

近所の書店を通る。ショーウィンドウに美しい装丁の本が飾られているのが目に入る。タイトルは「Gender Swapped Fairy Tales」とある。表紙の絵は、窓辺で王様が長いひげを垂らし、剣を持った騎士が髭を伝って上って来るという構図であった。ラプンツェルの物語を下敷きにして、髪を髭に変えた絵である。騎士の方はジェンダーが強調されてはいない。

 

家に帰ってアマゾンで調べてみると、ジェンダーを取り換えたおとぎ話集であるとのこと。第一話は「Handsome and Beast」である。「美女と野獣」の交代バージョンということなので、「美男子と野獣女」ということになるのだろうか? Beast がどのように造形されているか気になる所である。

 

ロンドンでも「political correctness」をめぐる運動は活発だった。プリンセスストーリーの呪縛から解き放たれるために「Fairy Tale」のジェンダーが取り換えられていた。